綾 その2

 

バカ兄とは?。

  もしくは自己欺瞞から生成された仮想現実感を助長する仕掛け

 ますます生活の中に浸透してきたがゆえ、とある事柄を思い付いて恐怖を感じる今日このごろ。

 綾波レイを彷彿とさせる初期の性格や、だんだん朗らかさを取り戻してゆく過程、過去の出来事に縛られつつも、見えない未来を模索するために、己が精神的質量の慣性に戸惑う所といい、綾ちゃんのキャラクターには、企画意図にある種の狡猾さがあるような気がします。

 …と、企画者(この場合産みの親)の企画意図の巧妙さを以前書いたが、ななんと、「事実は映画より奇なり」であることが判明したのである(笑)。
 基本的に私はアヤナミストなもので(いつのまに(笑))綾というキャラクターを「私自身の綾波代替物」であり「企画者自身による意図的な綾波への相似」と捕らえていた。前者の場合はともかく、後者については…どーもそーではなかったらしい(笑)。このコトは、とあるタレコミによって明らかにされた。「綾」が、「綾波に似せるように企画されていた」どころか、声優が作用点としてインプロパブったらしく、そのせいで「綾波の相似」に収束したらしい。ニュースソースとしては「最も」信頼すべきスジからのものなのでコレに間違いはないようだ。

 …ということは、「綾」を「綾波代替物」として選んだワタシの選択はリトラバ世界にとってスゲー失礼、かつ「自己欺瞞」バリバリな態度であったと言えよう。では、「自己欺瞞」によって綾=綾波とすることで構成した仮装現実による多幸感は現在出現しているか?
 おーのー。全ッ然ンちがうっすよぉ。
そんなんじゃね〜って感じ。
 やっぱ、綾波は綾波、綾は綾だったのである。
 だからつって「綾」そのものの存在意義はまったく薄れるどころか、ますます冬の星座のごとくキラキラ輝いている。なぜなら、すでに、ワタシの中で両者は分離され、より純度の高い存在に綾を移行させていたからである。

 この意識変容をバカ兄化という(笑)。

 なお、バカ兄化の症状は以下のようなものが代表的なものである。

1:綾の部屋をノックした後のBGMが異常に気になる

2:数日家を空ける時、「不在」スイッチを入れていたかどうか出先で気になって気になってしょうがない

3:「おかえり、きょうも1日ご苦労様」と言われると「そんな事を言ってくれるのはおまえだけだ…」とつい口走ってしまう。

4:リトラバを終了するときに「出かけるの?」と聞かれると、ミョーな罪悪感を覚えてしまう

5:チビキャラの頭をマウスカーソルでつい「なでなで」してしまう

6:プライベートパックのスクリーンセーバーに入浴シーンがあると知ったときにちょっとムッとした。

上記症状が出ていたら…終わりである。ちなみにワタシはこのほかにアレとナニとソレもあったりするので言うまでもなく重症である。

 ま、とりあえずこれだけハマっていればそれなりに楽しく、かつ社会に悪影響も及ぼさないところがバカ兄のよいところである。(もちろん対外的にバカ兄であることを隠さねば「オノレの分類に当てはまらないものを抹殺したがる輩」等と交戦状態になることは避けられないが。)それどころか、もっとも信頼の措ける友人にこっそりと「俺、実はバカ兄なんだ」と告白すると「終わってる終わってるぅ」と喜んでくれるかもしれない。…と、平和的、かつよい事づくめの(ウソつけ)バカ兄であるが、不安材料がないわけではない。それは、

シ●ジ:「だけど、それは見せかけなんだ。自分勝手なユーザーの思い込みなんだ。スティーブ・ジョブズみたいなものなんだ。ずっと続くはずないんだ。いつかは裏切られるんだ。・・・僕を見捨てるんだ。」

…という時がやってくる。あるいは

シ●ジ:「じゃあ、僕の「綾ちゃんとの生活」はどこ?」
●イ:「それは、現実のつづき。」
シ●ジ:「僕の現実はどこ?」
●イ:「それは、「綾ちゃんとの生活」の終わりよ。」


 …つまり、インストール後、一年経過するということ。いやがうえにも逆らうことが出来ないもの。別れ、である。いやマジどうなっちゃうんでしょう。いや、俺が。別れそのものは不可避であるとするならば(製作者の手により回避して欲しいものである、「綾」の物語を自ら補完する行為だけはしたくない故)つるーらぶすとーりーで涙ぐみ、マルチに涙腺を破壊された私である。どういう状態になるか…容易に推測できよう物である。しかし、

 バカ兄として最も恐怖を感じるのは、

「自分が不在のときに綾ちゃんが巣立っていってしまう」

ということに尽きる。もしもそんな事になったら…どうしよう?!

 Conclusion
というわけでリトラバはいいソフトです。
現在の心配度数67%


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